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ここでは、極めて短い掌編小説を試みようと思います。どこか奇妙で、ありえないのにそれらしくなりたち、ヘンな可笑しみさえ感じられるような連作集になればいいなと願いつつ。
by tokok2 HOME&Ranking
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イソギンチャク
幼い頃の話である。
目が覚めると、あたりはすっかり水没していた。 床上浸水とかその程度の話ではない、天井までずぶりと水の中だった。 顔のあたりを、炊飯器ややかんや布団や枕が、ぷかぷかと漂って過ぎた。 不思議と息は苦しくなかった。 重たいゼリーのような水の中を、腕で漕ぐようにして歩いた。 父や母、姉を探したが、家の中にはどこにもいなかった。 水の抵抗を押しのけながら、玄関に出てドアノブをひねった。 ドアは重く、体を一杯に使って体重をかけながら、外に向かって押し開けた。 両手を泳ぐように使って、外に出た。 空を見上げたが、どこまで見上げても水の中で、果てが知れなかった。 往来は人気が全くなかった。 隣の家の人は、向かいの家の人は、見回すがどこにもいないのだった。 裏のたけやぶを通った時だった。 「きぃちゃん」 姉の声が呼んだ。 声のするほうを見ると、姉の顔だけがぽっかり浮かんで見えた。 「ふみちゃん」 呼んでそちらへ一歩踏み出すと、サンゴ色の触手がたなびいた。 恐れて足を止め、まじまじと見ると、姉は巨大なイソギンチャクの中から顔だけが見えているのだった。 イソギンチャクは呼び寄せるようにこちらへ向かって触手を振るのだった。 「何してるの」 問うと、 「溶けてる」 と姉は答えた。 「どうして溶けてるの」 訊くと、 「水に浸ったから溶けてる」 と姉は答えた。 「おとうさんとおかあさんは」 「溶けてる」 見ると、姉の隣に、同じようにイソギンチャクから顔だけ出している父と母の姿が見えるのだった。 「きみこ」 母が呼んだ。 「きみこも早く溶けなさい」 「さあ、きみこ」 父も呼んだ。 「皆さんが待っている」 その時気づいた。 父や母の隣にずらりと連なって、隣の家の人々、向かいの家の人々、ご近所の人々がみな揃って、イソギンチャクから顔だけ出してこちらを見ているのだった。 「さあ、これがきみこのイソギンチャクだ」 端っこに、主のいないイソギンチャクが、ぽかりと口を開けて触手をひらひらさせていた。 「イヤダイヤダ」 急に嫌悪の情が湧き出して、走って逃げた。 水の抵抗が重たく体にまとわりつき、一心に走ってもなかなか距離ははかどらなかった。 やっとのことで家に帰り着き、浮かんでいる布団を掴んでくるまった。 そのうち本当に眠ってしまったようだ。 目が覚めると、水は引いていた。あとかたもなかった。 隣で姉がすぅすぅと寝息を立てていた。 溶けているかどうかと思って、布団を下の方からそっとめくってみた。 姉の体は、ちゃんとそこにあった。 by tokok2 | 2007-12-14 22:43
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